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印刷2026/07/29 17:21

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「方言は訳す」のではなく「個性を作り直す」――「ウマ娘 プリティーダービー」英語版ローカライズの舞台裏[CEDEC 2026]

 関西弁を話すキャラクターを英語に訳すとき,アメリカ南部訛りに寄せる,という定石がある。では,その定石が使えない作品の場合,翻訳者は何を手がかりにキャラクターの喋り方を組み立てればいいのか。しかも,英語の音声は用意されておらず,喋り方の違いを伝える手段が画面上のテキストしかないとしたら。

 2026年7月24日,CEDEC 2026で行われた講演「『ウマ娘 プリティーダービー』英語版のキャラクターの方言や口調をローカライズするための創造的アプローチ」では,まさにその手がかりの作り方が,実際の翻訳例を並べる形で明かされた。
 登壇したのは,Cygames ローカライゼーション部の翻訳者であるカトレル アリソン氏,同じくコーディネーターの森田竜平氏だ。

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 講演は「翻訳とローカライゼーションは何が違うのか」というところから始まった。壇上に映されたのは,話者を伏せた1枚のセリフである。
 「貴方は優秀です。これは贈り物です。」――英訳すれば「You were good. Here's a gift.」となる。情報としては過不足がないが,これだけでは誰が喋っているのか想像できない。

 続くスライドで,同じ内容が別の口調に置き換わる。「ほっほっほ、良い子にしておったな。わしからのプレゼントじゃ!」
 英語では「Hohoho! Someone's been good this year! Here's a present for you!」である。テキストの意味はほぼ変わっていないのに,話し手のシルエットが一気に立ち上がる。キャラクターに一目でそれと分かる見た目のシルエットがあるように,そのキャラクターらしい喋り方のシルエットも存在する,というのが両氏の説明だった。
 情報の抜け漏れがない言語変換をしたうえで,キャラクターのあふれる個性まで再現する。それが自分たちの考えるローカライゼーションである,と森田氏は位置づけた。

上のセリフでは話し手が創造できないが,下のように口調が付くと誰が喋っているかが見えてくる
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「関西弁=米南部訛り」の定石が通じなかった理由


 「ウマ娘 プリティーダービー」iOS / Android / PC)は2021年に日本語版が大ヒットし,その後に英語版がリリースされている。
 グローバル版の発表時には,海外ファンから「翻訳が悪くて物語に入り込めない事態はもう嫌だ」「何年も待った,ついにSteamにも来た」といった声が寄せられた。「あのウマ娘たちが英語ではどう話すのか」自体が注目されていた,というのが両氏の実感であり,翻訳開始前から楽しみと同時に大きなプレッシャーもあったという。

 その期待に応えるうえで最初に必要になったのが,どのキャラクターが話しているかが一目で分かること,つまりrecognizability(認識しやすさ)の担保だった。英語版に英語音声はなく,喋り方の違いはテキストだけで伝えなければならない。

 ここで壁になったのが,冒頭に挙げた定石である。関西弁を話すタマモクロスを英訳するなら,慣例に従えば「Howdy, y'all」のようなアメリカ南部訛りに寄せる。
 ところが「ウマ娘」には,アメリカ南部出身のタイキシャトルが存在するため,両者ともアメリカ南部訛りにしてしまうと世界観が歪んでしまう。一方のウマ娘を立てようとすると,別のウマ娘とぶつかる。海外出身のキャラクターは複数存在するため,既存の英語方言を割り当てていくだけでは対応しきれない。

「ウマ娘」には関西弁のキャラクターとアメリカ南部訛りのキャラクターが同居している
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 そこで,方言をそのまま英語方言に置き換えるのではなく,「音の印象」「言葉遣い」に分解して作る,という方針を立てることにした。どこの地域の人が話しているかではなく,どういうテンポでどんな音として聞こえるか,そしてどんな語彙を選ぶか。英語圏の地域性を借りるのではなく,キャラクターの印象そのものを先に立てる考え方だ。


方言を「音の印象」と「言葉遣い」に分解する


 最初のアプローチが「音の印象」である。カトレル氏が例に挙げたのは,タマモクロスのセリフだった。「なっ……なに抜かしとんねん! 真剣勝負やぞ! 楽しんで走る余裕なんて、あるわけないやろ!!」

 一般的な英訳なら,「Wh-what are you talking about?! This isn't the time to be having fun!」となる。
 これに対して,Cygamesの訳は「Wh-what're ya talking about?! Dis isn't the time to be havin' fun!」だった。使っている単語はほぼ同じで,変えたのは綴りと縮約だけである。それでも文字面から受ける喋り方の印象は大きく変わる。

タマモクロスのセリフ。単語はほぼ共通で,変えているのは綴りだけだ
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 手順は2段階と説明された。まず日本語方言のリズムとスピードに合わせて,英語のセリフを実際に声に出して読む。関西弁はテンポが速く,音が崩れていく感覚がある。同じ速さで英語を読むと音がどう変わるかを確かめ,その崩れ方を綴りとして定着させる。
 youがya,thisがdis,havingがhavin'になっているのは,速く話したときに実際そう聞こえる音を文字にした結果である。日本語であれば,「違う」が「ちゃう」に,「ありがとうございます」が「あざーす」になるのに近い,と森田氏は補足した。意味は同じでも,発音の崩れ方でテンポと距離感が変わる。音声がなくてもテキストを読むだけで喋り方の勢いが見えるようになり,recognizabilityが確保できたという。

英語のセリフを声に出して読み,音の癖を文字に落とし込む。手順は2段階だ
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 もう1つのアプローチが「言葉遣い」である。音だけではキャラクターの個性や深みを十分に伝えきれない場合には,その人物の生い立ちや性格,文化背景を理解したうえで,実際に使いそうな語彙と言い回しを選ぶという解決策が採られた。

 例として挙げられたのが,地方出身で訛りの抜けないユキノビジンだ。「は……はひぃぃぃ〜……!!(どうすりゃいいンだぁ〜〜〜!?)」というセリフに対し,一般的な英訳は「O-okay! (Ohhh, I'm in trouble now!)」だ。
 一方,Cygamesの訳は「O-okey dokeyyyy! (Ohhh, I'm in the soup!)」である。okey dokeyは了解,I'm in the soupは大変な状況に置かれたという意味で,どちらも少し古風な言い回しになっている。

 ここで特徴的なのは,特定の現代英語方言に当てるのではなく,語彙の古さで素朴さを出している点だ。ユキノビジンには1930〜1960年代ごろに使われていた,現代では珍しい英語表現やスラングを使う方針にした。
 カトレル氏によれば,自身の経験もヒントになっているという。田舎育ちであるカトレル氏は,翻訳のフィードバックについて,若いキャラクターにしては話し方が少し古いと何度も指摘されたことがあった。
 都会では時代遅れに聞こえる言葉が,ユキノビジンの世間知らずな可愛らしさに合うのではないか,と気づいたのだという。日本語で「拙者は,かたじけない」と言えば,それだけで人物の背景が見える。あの感覚に近い,と森田氏は補足した。

ユキノビジンのセリフ。古風な言い回しを当てることで,育ちと文化を言葉そのものに滲ませている
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 ここまでは方言を話すウマ娘の話だが,方言を使わないキャラクターにも現実に存在しそうな説得力,すなわちauthenticity(本物らしさ)が必要だ。独自に口調を作ったとしても,その文化圏の人から見て不自然であれば良いローカライゼーションとは言えない,というのが両氏の考えだった。
 そこでチームは,各キャラクターに関わる文化やコミュニティを徹底的にリサーチし,その人物が実際に口にしそうな語彙を意識している。

 1人めの例はアグネスデジタルである。日本語版でもオタクらしい話し方をするキャラクターで,推し活的なテンションや同人言葉に近いニュアンスが混じる。
 「(ハァ〜〜〜ッ――た ま ら ん ッッッ!!!!)」というセリフを,単にテンションを高く訳せば済むわけではなかった。一般的な英訳なら「(Ahhh! This is amazing!)」にもできる。だが,Cygamesは「(Aaaaahasfdhh... The fanservice is unreal!)」と訳した。この場面のアグネスデジタルは,推しのウマ娘2人のやりとりを,ファンとして眼福な瞬間として受け止めている。だからこそ,「たまらん」を「ファンサービス」と訳す判断が成立する。
 冒頭のキーボードを叩きつけたような崩れ方も,ネット上で興奮を表す書き方として機能しているものだ。英語圏のオタクコミュニティやプラットフォームで使われている表現を参照することで,ステレオタイプではなく,英語圏のオタクが共感できる口調に落とし込んだという。

アグネスデジタルのセリフ。英語圏のオタクコミュニティで使われる言い回しに寄せている
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 2人めはダイタクヘリオスだ。ここで森田氏から「ギャルの文化は,海外でも共通の認識があるのか」という質問が出た。カトレル氏の答えは「アグネスデジタルのオタク文化と同じで,そのまま伝わるとは限らない」というものだ。
 そこでチームは,彼女が現実世界の英語ネイティブだったらどんなコミュニティでどんな言葉を使うかを考え,SNSを日常的に使い,Z世代的なスラングやノリを自然に使うタイプだろうという結論に至る。

 「ターボいい波ノッてんね〜! こーなったら,『ペガ盛り☆レインボーカツカレー』作るしか!」というセリフに対し,一般的な英訳は「That's a great idea! Why not go even further and make it a pretty rainbow curry?!」である。しかし,Cygamesは「Don't hate―let her cook! Why not go all in and make it an Umasta-worthy rainbow curry?!」と訳した。
 let her cookはZ世代のスラングで,「いいよ,そのまま続けて」といった意味になる。意味を知らない人には引っかかる言葉だが,ダイタクヘリオスはそういったスラングを多用するキャラクターであり,周囲が少し戸惑うくらいの距離感まで再現したかった,というのが両氏の説明だった。意味の完全一致ではなく,伝わり方の体験までローカライズした形である。

ダイタクヘリオスのセリフ。Z世代のスラングを一貫して使わせることで説得力を持たせた
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個人技をチームの資産にする


 ここまでの技法は,突き詰めれば翻訳者個人の判断である。だが,実際の現場では複数のスタッフが翻訳を進めるため,翻訳者が変わるたびに口調がぶれては意味がない。
 講演の後半では,森田氏から創造性と一貫性を両立させるための取り組みが紹介された。

 1つめは担当制の導入である。そのウマ娘の文脈や文化に詳しい人を,できる限り担当に付ける。
 ダイタクヘリオスであればZ世代のスタッフが,アグネスデジタルであれば英語のオタク用語に最も詳しいスタッフが下訳を担当した。最初の段階でキャラクターの芯を外さないことが,その後の一貫性にもつながったという。

 2つめは,翻訳方針について担当業務やトピックを問わず投稿できる掲示板形式のSlackチャンネルだ。「ウマ娘」に関連していれば,翻訳業務に直接関係のない雑談レベルの投稿も許容していた点が特徴的である。
 スライドには「ダイタクヘリオスがゴールドシップを呼ぶときのあだ名をどうするか,Z世代っぽいものが欲しい」というカトレル氏の問いかけと,それに寄せられた案,そしてそこから「GOLD SPICE」が選び出されるまでのやりとりが映し出された。何を面白いと感じるか,ユーザーがどこにキャラクターらしさを感じるかを自然にすり合わせる場ができたと,森田氏は評価している。

Slackの雑談チャンネル。ゴールドシップのあだ名を決めるやりとりがそのまま残っている
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 3つめはキャラクターごとの口調ガイドラインである。そのウマ娘の最初の翻訳担当者が,キャラクターの概要,方言や話し方のポイント,用語集をまとめたドラフトを作成し,Slackチャンネルで出たアイデアもそこに取り込んでいく。
 さらにIPに詳しいLQA(言語面の品質保証担当者)が継続的に確認し,口調が盛りすぎていないか,逆に薄くなりすぎていないかを見る体制にした。これにより,担当者が変わっても一貫性を保ちやすくなり,蓄積されたガイドラインと議論そのものが次の翻訳のための資産になっていったという。
 プロジェクトに途中から参加しても,翻訳の方向性がかなり掴みやすくなるというのが,翻訳者であるカトレル氏の実感だった。

 まとめとして両氏が挙げたのは,関西弁はアメリカ南部訛りで訳すといった業界的な定石をそのまま適用するのではなく,「音の印象」と「言葉遣い」を調査・検証し,キャラクターごとに独自の口調を創作したという点である。
 そのうえで設計を個人技で終わらせず,チーム内での検証と共有を続けることで,recognizabilityとauthenticityの一貫性を維持した。「ウマ娘」の翻訳について,「キャラクターの話し方を別の言語で再現していく作業だったと言えるかもしれない」と森田氏は振り返った。

 ローカライゼーションは開発の最後に置かれた単なる翻訳工程ではなく,コンテンツの魅力を最大化するための創造的な工程である。森田氏は「開発者は自社のキャラクターにたくさんの愛情を注いでいるはずです。Amazingな翻訳はもちろん,ユーザーの心に残るAmazingなローカライゼーションによって,世界中に愛されるゲームを共に作っていきたい」と述べて,講演を締めくくった。


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