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「ヘブンバーンズレッド」はASMR化と舞台化にどのように向き合ったのか。物語重視のIPとメディアミックスの形[CEDEC 2026]
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印刷2026/07/28 16:10

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「ヘブンバーンズレッド」はASMR化と舞台化にどのように向き合ったのか。物語重視のIPとメディアミックスの形[CEDEC 2026]

 ライトフライヤースタジオ(WFS)とKeyが共同制作したRPG「ヘブンバーンズレッド」iOS / Android / PC)は,物語体験を最重要視してきたタイトルだ。そんなIPがあえて選んだメディアミックスはアニメやマンガ……ではなく,“ASMRと2.5次元舞台”だった。

 CEDEC 2026のセッション「ゲームにおけるメディアミックス展開との向き合い方 -ヘブンバーンズレッドのメディアミックス企画の立て方-」では,同作が従来とは異なる視点で取り組んだ2つの事例を通じて,メディアミックス企画の立て方や考え方が紹介された。


メディアミックス企画はなぜ難しいのか?


 登壇したのはWFSのスタッフで,スタジオ本部 ディレクターの菊岡大夢氏と,Business Development本部の井上智哉氏だ。

 菊岡氏は2022年までコーエーテクモゲームスでコンシューマゲーム制作に携わり,のちに「ヘブンバーンズレッド」チームに参画。現在はディレクターとしてストーリーや新コンテンツの企画監修を担っている。

左から井上智哉氏,菊岡大夢氏
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 まず菊岡氏が投げかけたのは。

「メディアミックス企画,難しくないですか?」

 という問いだった。

 より多くの人にIPを知ってもらいたい。それならアニメ化や実写化を……と勢いで企画を始めてみたものの,どこから考えればいいのか分からない。ファンにも新規層にも届くものにしなければならないが,業界も違えば定石も分からず,何も決められない。
 菊岡氏自身,起案時はそうした悩みを抱えていたという。

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 悩む要因の1つは「対象となるメディアの多さ」だ。

 それらを並べるだけでも,ノベライズ,コミカライズ,アニメ化,実写化,体験型コンテンツ……。アニメ化にしてもTVアニメかショートアニメか,劇場版にOVAにとさまざま。実写化も舞台や朗読劇,能や歌舞伎といった伝統芸能まで検討の余地に含まれる。
 こうした手段の多様化は良いことだが,媒体ごとの性質やターゲット,予算感を理解して展開しなければ意味がない。

 さらに,コンテンツの母数増加に伴い可処分時間の奪い合いが起きている現在,IPを別メディアに載せるだけでは埋もれてしまう。IPの性質とメディアの性質,その最適なかけあわせを見出す必要があるわけだ。

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 そのうえで本作は,キャンサーと呼ばれる害敵に侵略され,人類滅亡の危機に立ち上がる少女たちの切ない物語という,物語体験を最重要視した特性を持つ。そこを崩さず,違う語り口でIPの価値を高める──。

 そうして導かれた答えは,意外にも「ASMR」「舞台化」だった。


ASMR市場の文脈に,人物と世界観を当てはめる


 1つ目の事例はASMRだ。企画の出発点は「原作ファンにキャラクターをより好きになってもらいたい」という思いだった。

※ASMRとは,Autonomous Sensory Meridian Responseの略称。日本語では自律感覚絶頂反応と呼ばれる。音や映像を見聞きしたとき,頭や体のゾワゾワ感や,心地よいリラックス感を指す。狭義ではその感覚をとりこんだ音声作品,ライブ動画配信などをそう呼ぶ場合もある。

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 ゲーム中,プレイヤーは常に主人公・茅森月歌の目をとおして,ほかのキャラクターたちを見ることになる。48人を超える個性の強い人物たちには,それぞれにルーツやこだわりがあるが,視点の構造が“主人公から見たドラマ”である以上,語れる範囲には限界がある。

 一方,ファンコミュニティではキャラクターオフ会が盛り上がり,人気投票でも幅広いキャラが僅差で上位に食い込む状況から,「キャラをもっと知りたい」というニーズの大きさは明らかであった。

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 そこからASMRを選んだ理由は3つあった。

 ゲーム本編がフルボイスで,ファンがキャラクターのリアクションを想像しやすく,「聴覚メディアと相性が良いこと」。ゲームとは異なる一人称視点で「キャラ愛を引き出せること」。そして,ハイコンテクストなIPゆえに新規参入のハードルが高いという課題はあるものの,キャラの魅力を切り出すことで「新しい層にアプローチできること」だ。

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 とはいえ,WFSにASMR制作の知見はなかった。そこでIP監修・企画をWFSとKeyが,制作をDLsite運営のグループ会社で,ASMR市場の知見を持つviviON(ヴィヴィオン)が担う座組を構築した。

 企画時,viviONからは「癒し」「耳かき」「ささやき」などの人気ジャンルや,「旅館でキャラクターと過ごす」といった人気シチュエーションなど,市場の“今”に関する情報提供を受け,そこにフィットするキャラとシーンを選定していったという。

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 例えば,全キャラクター共通で取り入れた「一緒にお風呂に入るシチュエーション」の裏側には,こんなロジックがある。

 体を洗い合う癒し要素や,物理的距離の近さによるささやきを組み込めるASMRならではの利点。そして,ゲーム内の交流でほぼ必ず発生するファンおなじみの要素を両立できたことが,企画として最適だった。

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 一方,IP特有の問題も浮上した。主人公・茅森の視点で物語を描こうとすると,彼女の行動理念に縛られてシチュエーションが制限されてしまった。ゲームでは強みであった,作品をけん引するほどの強いキャラクター性に引っ張られ,視聴者の没入感が損なわれてしまうのだ。

 そこで整理したのが「視点の主体は誰か」である。最適とされたのは,どのキャラクターが対象でも物語体験として自然に関われる,関係性の制約が弱い存在。そこで導き出された答えが「軍の女性隊員」だった。

 女性隊員はいわゆるモブであるが,ゲーム内でたびたび描かれる存在であり,世界観に即しながらASMRのコンテンツ特性に載せられる。さらに関係性をフラットな一人称的存在としたことで,キャラクターたちがあらためて自身の過去や心情を語るシーンも組み込めるようになった。

 そうやってASMRとしての癒しだけにとどまらず,本作ならではの物語の切なさを表現できる構造を作ったわけだ。

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 フォーカスするキャラクターの選定も,人気という単一基準ではなく,ASMRというコンテンツの文脈で行われた。

 1人目の「室伏理沙」は,母性を前面に押し出したキャラクターで,本編に膝枕のシチュエーションもあることからすぐに決定。
 2人目は決め手に欠けたが,人気ジャンル「ささやき」のシチュエーション例──看病,身を潜める,いたずら──をふまえたとき,ジャストマッチな行動をする人物がいた。錠のかかった部屋を開けるのが趣味で,錠前に向かって甘くささやき続ける「大島五十鈴」である。

 本編では茅森の視点から眺めるだけだったこの場面を,ASMRでは自分が“錠前になったかのような疑似体験(!)”として描ける。まさしくASMRだからこそできる表現だ。

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 品質面のこだわりも紹介された。視覚情報のないASMRでは,ちょっとした違和感が作品の品質を揺るがすという。

 とくに,キャラクターが過去を語るドラマパートでは,本編との差異があれば大きなノイズになる。例えば大島五十鈴の「姉妹を守るためなら,私はどんなことだってする」というセリフは,ゲーム内で,ある衝撃的な事実を知る前と後とで心境が異なり,演じ分けが発生する。

 こうした強い文脈を持つ人物が多いため,WFSとKeyの担当者は全収録に立ち会い,実際に現場で生じた議論もその場で解消したという。

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 リリース後のレビューでは,「ヘブンバーンズレッドらしいドラマを感じられた」「自分が作品世界に入り込んだような感覚があった」など,企画の意図に沿った反応が確認できた。

 菊岡氏は本件について,メディアミックス先としてのASMRの市場を理解し,その文脈をベースにキャラクター・世界観を当てはめていくフローが適切だったとした。また,「そのメディアは何がないと成り立たないのか,IPのブランドとして何が大切なのか。これを突き詰めながら,作品として成り立つ交差点を見つけることが重要」とまとめた。

法悦……ッ!
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舞台化で大切なのは,担当者が現場に近づくこと


 続いて井上氏が,舞台「ヘブンバーンズレッド」の事例を語った。

 井上氏はグッズの企画制作会社を経て,2021年にWFSに入社。Keyとの窓口担当や商品化の立ち上げを担当してきた。
 そして,本舞台ではプロデューサーとしてキャスティングや脚本作り,演出,グッズ制作,プロモーションに携わったとのこと。

 企画の成り立ちは,「東京リベンジャーズ」「ブルーロック」など,数多くの舞台を手がけてきたOffice ENDLESSの舞台を観劇し,原作への解像度の高さとクオリティに感銘を受けたことがきっかけだったという。

 そこから着想を得た舞台はライセンスアウト施策として,版元のWFSが企画監修の立場を取った。企画段階では,1幕でメインストーリー第1章,2幕で第2章までを舞台ならではの表現で描くこと(ある程度の原作改編も許容)。アクションシーンを考慮して原作キャストは起用しないこと。そして本作の重要要素である音楽を,収録音源ではなく舞台キャスト自らの生演奏・生歌唱で届けることの3点を定めた。

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 2.5次元舞台の市場は年々拡大し,海外進出も進んでいる。一方,ファンコミュニティでは配役や再現性をめぐって多様な意見が生まれやすく,比較的難度の高いメディアミックスと言われる。

 井上氏は舞台化経験がなかったが,そのうえで最も意識したのが「誰よりも現場に近い原作担当者であること」だった。
 できる限り現場に密着し,分からないことはその場で確認する。稽古期間の約1か月間は,ほぼ毎日現場に入ったという。

 最初の実務は目線合わせだ。なぜ作品を舞台化するのかという双方の期待値。原作側がどの段階でどの程度介入するのか。全体のスケジュールをすり合わせ,制作側に任せるものと,原作として譲れない箇所を明確にしていった。企画に3か月,制作・稽古に約10か月,本番に2週間程度という流れのなかで,衣装の生地選びからセラフ(武器)のサイズ,ビジュアル撮影での仕草や表情まで,井上氏はほとんどの工程に参画した。

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 もちろんイレギュラーも発生した。象徴的だったのが脚本だという。原作側が初稿を確認できたのは稽古開始の約1か月前で,すり合わせは稽古前日まで長引いた。課題解決の着地の鍵となったのは,フィードバックを「要修正」と「要相談」に分類することだった。

 メディアミックスにおいては,原作側の発言がどうしても重くなる。優先度のないフィードバックは「全部直さなければ」という現場の混乱を生み,無理な修正は舞台の良さを減衰させかねない。
 そうした課題と効率よく向き合うべく,優先度で区分けした。

 加えて,クリエイティブの意図を徹底的にヒアリングして理解に努め,それでも折り合わない部分は関係者で直接集まって話した。稽古前の顔合わせに「絶対に脚本を着地させるぞ!」という気合いで臨んだことを今でも覚えていると,井上氏は振り返る。結局のところ,重要なのは原作と現場,両者が相互理解した着地点を導き出すことなのだ。

優先順位があれば,現場側も打ち手の取捨選択が可能になる
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 もう1つの問題が「設定の乖離」だ。原作に登場するキャラクター「朝倉可憐」は,殺人鬼「カレンちゃん」という人格を内に宿し,両者で衣装が異なる。また原則として,舞台で描く時系列の朝倉可憐はセラフを持てない設定だ。しかも舞台の場面転換は暗転や演出でシームレスに行われ,衣装やセラフを瞬時に切り替えることが難しい。

 つまり,朝倉可憐がカレンちゃんとして殺陣を演じた直後,物語展開でもとに戻ったとき,舞台演出の最適化に伴い,カレンちゃんの衣装とセラフを着用した朝倉可憐の姿を見せてしまいかねない──稽古場で殺陣の完成度に大喜びした直後,井上氏はこの違和感に気づいた。

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 台本だけでは見えないこの問題を早期発見できたのは,まさに現場に通い詰めていたからだった。しかも「設定NGなので直してください」と伝えるだけでは,舞台そのものが成立しなくなることも分かっていた。

 そこで演出・制作側と導き出した打ち手は,衣装と人格の不整合が生じる頻度やタイミングをできる限り減らす調整だった。
 さらに,どうしても乖離が生じる場面では舞台照明を赤色にし,不穏なSEを鳴らして,キャストの声色や表情だけで人格を表現するといった,舞台だからこその演出で違和感を軽減していった。

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 井上氏は,2.5次元舞台で最も注意すべきは「登場人物の口調のズレや設定の乖離」といったささいな違和感であり,そのわずかな取っかかりが観客を現実に引き戻してしまうと指摘した。

 そうした細部からの破綻を避けるためにも,原作側は意見を押し付けるのではなく,各分野のプロへのリスペクトを持ち,実際にできること・できないことを見極めて,舞台独自の良さを引き出す。そして現場に近くあり続けて,コンテンツの解像度を上げることで,異なる領域のプロフェッショナルに専門性を最大限発揮してもらうことが大事だとまとめた。

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IPとメディア,双方を突き詰めて「交差点」を見つける


 セッション全体のまとめとして菊岡氏は,IPを一番理解しているのは原作者にほかならず,別のメディアにするうえで,何を守ることが大切なのかを見極める必要があると強調する。

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 同時に,ミックスするメディアへの理解も重要だ。その第一人者であるメディアミックス先の知見を得ながら,関係各社が最大限に力を発揮できる環境作りも重要視された。

 関係者がそれぞれの視点から多角的に捉え,交差点を見つけることが,最高のメディアミックス作品を届けるために必要だと締めくくった。

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 質疑応答では施策の成果にも言及された。

 とくに舞台化では,SNSで大きな反響が生まれ,ファンの熱量が再燃したという。さらに,キャストのファンによる新規ダウンロードの増加やグッズの完売といった流れにも波及したそうだ。

 なお,予算面については,ASMRは他社事例とインストール数などをかけ合わせた売上想定との釣り合いで判断したとのこと。舞台のほうはチケット販売の初速が伸び悩んだ際,公式生放送への出演やSNSの口コミまとめ投稿などで集客をつなぎ,目標動員を達成していったという。

 メディアミックスといえば,アニメやマンガ。そうした分かりやすさに流れるのではなく,意味を考えて狙いを生む。本セッションはそれを成した一つの事例として,興味深い参考であった。


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